薬剤分包用ロールペーパ事件

事件名  :薬剤分包用ロールペーパ事件
事件種別 :特許権侵害差止等請求事件(東京地方裁判所)
事件番号 :平成24年(ワ)第8071号
対象案件 :特許第4194737号
判決日  :平成26年1月16日    (請求認容判決)

【概  要】
本件は、技術的範囲の属否や商標権侵害についても争点となりましたが、ここでは、特許権消尽の成否について紹介します。なお、技術的範囲については、「属する」との判断がされています。
本件特許の請求項1は、概略下記のとおりです。

・本件訂正前の記載
【請求項1】
・・・給紙部と,・・・分包部とを備え,・・・するようにした薬剤分包装置に用いられ,中空芯管とその上に薬剤分包用シートをロール状に巻いたロールペーパとから成り,ロールペーパのシートの巻量に応じたシート張力を中空軸に付与するために,支持軸に設けた角度センサによる回転角度の検出信号と測長センサの検出信号とからシートの巻量が算出可能であって※,その角度センサによる検出が可能な位置に磁石を配置し,その磁石をロールペーパと共に回転するように配設して成る薬剤分包用ロールペーパ。

※前半部分が装置に係る構成で長文なため適宜省略しました。結局は「特定の装置に使用する、中空芯管とその上に薬剤分包用シートをロール状に巻いた薬剤分包用ロールペーパ」の発明です。

原告は、薬剤分包用ロールペーパ(原告製品)を製造販売しており、被告は、原告製品の分包紙が費消された後に残った使用済み芯管を回収し、それに分包紙(グラシン紙又はセロポリ紙からなる薬剤分包用シート)を芯管の円筒部外周に巻き直すことによって製品化したもの(被告製品)を販売していました。
なお、原告は薬剤分包装置(原告装置)を製造販売しており、原告製品及び被告製品は、いずれも専ら原告装置においてのみ使用されるものでした。
被告は、原告製品が芯管を含め譲渡されており、被告製品は原告製品の使用済み芯管をそのままの状態で再利用したものであるから、被告製品について本件特許権は消尽している旨主張しましたが、裁判所は、当該主張を退けて特許権は消尽しないとの判断をしました。

理由として、①原告製品の芯管は分包紙を使い切るまでの間無償で貸与するものであること、②使用後は芯管を回収すること,③第三者に対する芯管の譲渡,貸与等は禁止することを説明しており、顧客もこのことについて承諾の意思表示をしていること、等の事実を挙げました。

下記は裁判所の判断の抜粋であり、重要と思われる箇所を赤字としました。

2 争点2-1(原告製品の芯管に関する譲渡の有無等)について
被告は,原告製品が芯管を含め譲渡されており,被告製品は原告製品の使用済み芯管をそのままの状態で再利用したものであるから,被告製品について本件特許権は消尽している旨主張する。しかし,次のとおり,原告製品が芯管を含め譲渡されたものと認めることはできない。
(1)特許権の消尽
特許権者又は実施権者が我が国の国内において特許製品を譲渡した場合には,当該特許製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し,もはや特許権の効力は,当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばない(最高裁判所平成9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁参照)。
(2)認定事実
後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。この認定に反する証拠はいずれも採用することができない。
ア 原告は,原告装置を販売するに際し,関連会社又は代理店の従業員を介し,顧客に対し,① 原告製品の芯管は分包紙を使い切るまでの間無償で貸与するものであること,② 使用後は芯管を回収すること,③ 第三者に対する芯管の譲渡,貸与等は禁止することを説明しており,顧客も,このことについて承諾の意思表示をしている(甲18,26)。
イ 原告は,原告製品の芯管の円周側面(甲22の1~3),外装の上端面及び側面(甲21の1~3),原告製品を梱包する梱包箱の表面(甲20の1・2)にも,上記①から③までと同じ内容の記載をしている。
また,原告装置の製品紹介をする原告のウェブサイト(甲24の1~3)及びカタログ(甲25)にも同旨の記載をしている。
原告は,原告製品の芯管が顧客から返却された場合にポイントを付与し,ポイントが一定数に達すれば景品と交換するサービスを実施しているところ,当該サービスの広告(甲23)にも同旨の記載をしている。
ウ 原告による原告製品の芯管の回収率は,平成22年には97.4%であり,平成23年には97.7%であり,平成24年(1月~8月)には97.3%である(甲19)。
(3)検討
前記(2)のとおり,原告は,原告装置を販売する際に,顧客との間で,原告製品の芯管について無償で貸与するものであり,その所有権を原告に留保する旨の合意をしていること,原告製品自体やその梱包材,広告等においても芯管の所有権が原告にあることを明記していることが認められる。また,実際に,最近3年間で約97%もの原告製品の芯管を回収していることから,最終的な顧客である病院や薬局だけでなく,卸売業者も含め,これらの表示を十分に認識していることが認められる。
これらのことからすれば,原告が,顧客に対し,原告製品の分包紙を譲渡したことは認められるものの,原告製品の芯管を譲渡しているとまでは認めがたいというべきである(原告製品は芯管と分包紙に分けることができ,原告は,芯管に巻いた分包紙のみを譲渡し,芯管については,所有権を留保し,使用貸借をしていると認めるのが相当である。)。
そうすると,原告製品のうち分包紙は顧客の下で費消されており,この部分について本件特許権の消尽は問題とならないし,芯管については消尽の前提を欠いているから,この点に関する被告の主張には理由がない

3 争点2-2(被告製品と原告製品の同一性)について
原告製品の芯管に関する譲渡の成否にかかわらず,次のとおり,被告製品と原告製品の同一性を認めることはできないから,被告製品について本件特許権の消尽を認めることはできない。
(1) 特許製品の新たな製造
特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,特許権を行使することが許される。
特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされた場合において,当該加工等が特許製品の新たな製造に当たるとして特許権者がその特許製品につき特許権を行使することが許されるといえるかどうかについては,当該特許製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様のほか,取引の実情等も総合考慮して判断すべきである(最高裁判所平成19年11月8日第一小法廷判決・民集61巻8号2989頁)。
(2)検討
まず,特許製品の属性についてみると,原告製品及び被告製品の分包紙が消耗部材であるのと比較すれば,芯管の耐用期間が相当長いことは明らかである。他方で,分包紙を費消した後は,新たに分包紙を巻き直すことがない限り,製品として使用することができないものであるから,分包紙を費消した時点で製品としての効用をいったんは喪失するものであるといえる。
また,証拠(甲10)によれば,原告製品は,病院や薬局等で医薬品の分包に用いられることから高度の品質が要求されるものであり,厳密に衛生管理された自社工場内で製造されていることが認められる。同様に,証拠(甲12~14,乙5)によれば,被告製品も,被告が製造委託した工場において高い品質管理の下で製造されていることが認められる。これらのことからすれば,顧客にとって,原告製品(被告製品)は上記製品に占める分包紙の部分の価値が高いものであること,需要者である病院や薬局等が使用済みの芯管に分包紙を自ら巻き直すなどして再利用することはできないため,顧客にとって,分包紙を費消した後の芯管自体には価値がないことも認められる。
そうすると,特許製品の属性としては,分包紙の部分の価値が高く,分包紙を費消した後の芯管自体は無価値なものであり,分包紙が費消された時点で製品としての本来の効用を終えるものということができる。芯管の部分が同一であったとしても,分包紙の部分が異なる製品については,社会的,経済的見地からみて,同一性を有する製品であるとはいいがたいものというべきである。
被告製品の製造において行われる加工及び部材の交換の態様及び取引の実情の観点からみても,使用済みの原告製品の芯管に分包紙を巻き直して製品化する行為は,製品の主要な部材を交換し,いったん製品としての本来の効用を終えた製品について新たに製品化する行為であって,かつ,顧客(製品の使用者)には実施することのできない行為であるといえる。
以上によれば,使用済みの原告製品の芯管に分包紙を巻き直して製品化する行為は,製品としての本来の効用を終えた原告製品について,製品の主要な部材を交換し,新たに製品化する行為であって,そのような行為を顧客(製品の使用者)が実施することもできない上,そのようにして製品化された被告製品は,社会的,経済的見地からみて,原告製品と同一性を有するともいいがたい。これらのことからすると,被告製品は,加工前の原告製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認めるのが相当である。被告製品を製品化する行為が本件特許発明の実施(生産)に当たる旨の原告の主張には理由がある。

【コメント】
原告のように、芯管については所有権を留保することを明示している場合は、消尽が否定されます。特許権の消尽については、平成9年7月1日の最高裁判決で示されました。本件はこの判断に沿った非常にわかりやすい判決と言えます。