シロスタゾール事件

事件名  :シロスタゾール事件
事件種別 :補償金請求控訴事件(知財高等裁判所)
事件番号 :平成17年(ネ)第10125号
対象案件 :特許第2548491号
口頭弁論終結日:平成18年9月12日

【概  要】
本件は、職務発明の相当の対価の支払を受ける権利についての対価に係る事件ですが、この判決の中で用途発明の実施の態様につて判断が示されている点で、非常に興味深い事件といえます。
ここでは、用途発明の実施態様の判断に関連する箇所だけを紹介します。

事案の概略として、まず、控訴人(元従業員)が被控訴人(会社)に対し、特許法35条3項所定の相当の対価の支払を受ける権利の一部請求として合計1億円等の支払を求めました。原審は,本件用途発明に係る相当の対価の請求については本件用途発明により被控訴人が受けるべき利益が存せず,被控訴人が控訴人に既に支払った対価の額を超える不足額が存しないとして,控訴人の請求を棄却したため,控訴人がこれを不服として控訴を提起しました。
被控訴人は裁判において、本件用途発明を実施していないのみならず,他社の後発製剤も内膜肥厚抑制の効能を掲げて販売されているわけではない等を理由に、被控訴人においては,本件用途発明の実施を排他的に独占し得る地位を取得しておらず,その実施による排他的独占的利益を得ていないから,「発明により使用者等が受けるべき利益の額」が存しないと主張していました。
これに対し裁判所は、「医薬品の用途発明においては,当該用途に使用されるものとして当該医薬品を販売すれば,発明の実施に当たるということができるのであり,このことは必ずしも薬事法上の承認の有無とは直接の関係がないというべきであって,仮にその販売が薬事法上の問題を生じ得るとしても,実際に当該用途に使用されるものとして販売している以上,当該用途発明を実施しているというべきである。医薬品の用途発明の実施は,例えば医薬品の容器やラベル等にその用途を直接かつ明示的に表示して製造,販売する場合などが典型的であるといえるが,必ずしも当該用途を直接かつ明示的に表示して販売していなくても,具体的な状況の下で,その用途に使用されるものとして販売されていることが認定できれば,用途発明の実施があったといえることに変わりはない。」とし、被控訴人による本件用途発明の実施があったというべきであり,被控訴人の上記主張は採用することができないと判断しました。

下記は裁判所の判断の抜粋であり、重要と思われる箇所を赤字としました。

(2) 控訴人は,本件用途特許権の成立後,被控訴人が本件用途発明を実施しているとして本件用途発明に係る相当の対価の支払を請求するのに対し,被控訴人は,本件用途発明の実施の事実はないと主張するので,まず,この点について検討する。
・・・
本件用途発明は,・・・シロスタゾール(6-[4-(1-シクロヘキシルテトラゾール-5-イル)ブトキシ]-3,4-ジヒドロカルボスチリル)等を有効成分とする薬剤の用途を「内膜肥厚の予防,治療剤」・・・,「PTCA後やステントの血管内留置による冠状動脈再閉塞の予防および治療剤」(同請求項3)とする用途発明である。
・・・
イ(ア) これに対し被控訴人は,医薬品に係る特許発明は,薬事法で承認された効能・効果で製造,販売されて,初めて実施と評価されるべきものであり,薬事法上承認されていない効能・効果に係る用途発明の用途に用いるために医薬品を使用(適応外使用)されるようなことがあったとしても,その医薬品を製造,販売することをもって,当該用途発明の実施と評価することはできない旨主張する。
確かに,医薬品の用途発明は,その用途に係る効能・効果につき薬事法上の承認を得て実施されるのが一般的であるとはいえるが,医薬品の用途発明においては,当該用途に使用されるものとして当該医薬品を販売すれば,発明の実施に当たるということができるのであり,このことは必ずしも薬事法上の承認の有無とは直接の関係がないというべきであって,仮にその販売が薬事法上の問題を生じ得るとしても,実際に当該用途に使用されるものとして販売している以上,当該用途発明を実施しているというべきである。医薬品の用途発明の実施は,例えば医薬品の容器やラベル等にその用途を直接かつ明示的に表示して製造,販売する場合などが典型的であるといえるが,必ずしも当該用途を直接かつ明示的に表示して販売していなくても,具体的な状況の下で,その用途に使用されるものとして販売されていることが認定できれば,用途発明の実施があったといえることに変わりはない。前記のとおり,本件においては,本件製剤の有効成分であるシロスタゾールがPTCA後の再狭窄予防の薬剤として広く認知されており,被控訴人は,本件製剤に再狭窄予防効果等があることをその特性として積極的に位置付けた販売活動を行い,本件製剤のうちの一定量は本件用途発明に係る用途に使用されるものとして販売されていたと認められるのであるから,被控訴人による本件用途発明の実施があったというべきであり,被控訴人の上記主張は採用することができない。

【コメント】
化学系や医薬品系の発明に見られる、いわゆる“用途発明”に係る特許権については、当該用途を表示する権利であるとする見解があります。本判決は「その表示する権利」をより具体的に示したものといえます。用途発明について、イ号が当該用途以外の用途に使用できる場合、もしくは当該用途を想定していない場合の権利解釈については事案ごとに判断されると考えますが、本来、用途発明が「ある物の未知の属性を発見し、この属性により、当該物が新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく発明」であると解すれば、そもそも公知な物について特許権が付与され得ることから、当該用途に限定されるべきと考えます。そして、上記裁判例のように、用途を直接かつ明示的に表示して販売していたり、あるいは,具体的な状況の下で、その用途に使用されるものとして販売されていたりすることが認定できれば、用途発明の実施があり、特許侵害を認定できるものと考えます。
なお、“用途発明”でなく、単なる用途“限定”の場合は、当該用途に限定されないことが多いかと考えます。

アミノシリコーンによる毛髪パーマネント再整形方法事件

事件名  :アミノシリコーンによる毛髪パーマネント再整形方法事件
事件種別 :審決取消請求事件
事件番号 :平成22年(行ケ)第10109号
対象案件 :特願2002-100506号
判決日  :平成23年2月28日   (拒絶査定不服審判 拒絶審決→審決取消判決)

【争  点】
本願発明の効果の差について、具体的な比較実験データ等が示されていない場合に、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものといえるかどうか

関係条文:特許法第36条第6項第1号
キーワード:「特許請求の範囲」に記載された本願発明が、「発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項の範囲のものであるかどうか

【特許庁の判断・主張】
本願明細書の発明の詳細な説明には、「還元処理においてアミノシリコーンを含有する還元用組成物を毛髪に適用する場合」(従来技術)と「還元処理の前に前処理剤としてアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物を適用する場合」(本願発明)の効果の差について、具体的な比較実験データ等が示されていないので、本願発明が従来技術に比べて解決すべき課題を達成したものであるか否かが不明であると判断した上、請求項1ないし9記載の発明は、発明の詳細な説明の記載により、当業者がその発明の課題を解決できると認識できる範囲のものとして記載されていないから、請求項1ないし9の記載は36条6項1号の規定に適合しないと判断しました。(波線は筆者付記)

※上記のように判断した前提として、本願明細書の【0004】ないし【0010】に記載の従来技術が考慮されたようです。以下の枠内の記載は特許庁の判断の抜粋です。

本願明細書の【0004】ないし【0010】の記載によれば,従来技術は,毛髪の劣化を防ぐために,還元処理に用いられる還元用組成物にアミノシリコーンを含有するものであったが,それでは,カールの度合い,質及び快適さが不十分かつ短命であり,その原因は,アミノシリコーン等が還元剤の活性を阻害することにあるようであった。そのため,本願発明は,毛髪の劣化を防ぎ,かつカールの度合い,質及び快適さを十分とし,短命でなくさせることを課題とする。

【参  考】 本件出願の請求項1
[請求項1] (i)ケラチン繊維に対して還元用組成物を適用する作業;及び,(ii)ケラチン繊維を酸化する作業を少なくとも含み,更に作業(i)の前に,当該ケラチン繊維に対して,化粧品的に許容される媒体中に数平均1次粒子径が3乃至70nmの範囲の粒子を含むアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)を適用することを特徴とする,ケラチン繊維のパーマネント再整形方法。

【裁判所の判断】
これに対し裁判所は、「①本願発明について、『還元処理の前にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理用化粧料組成物を毛髪に適用して前処理をし、その後アミノシリコーンを含有しない還元用組成物により還元処理をする』との構成に係る発明であると限定的に解釈したと解される点、②『前処理をせずに、アミノシリコーンを含む還元用組成物により還元処理をした従来技術』とを比較した場合の本願発明の効果が示されていないと判断した点、及び③本願発明1ないし9について、『特許請求の範囲』の記載と『発明の詳細な説明』の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるということはできないと判断した点に、誤りがある。」として、特許庁がした審決を取り消しました。

下記は裁判所の判断の抜粋であり、重要と思われる箇所を赤字としました。

1 はじめに
36条6項1号は,「特許請求の範囲」の記載は,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」を要するとしている。同条同号は,同条4項が「発明の詳細な説明」に関する記載要件を定めたものであるのに対し,「特許請求の範囲」に関する記載要件を定めたものである点において,その対象を異にする。・・・。もし仮に,「発明の詳細な説明」に記載・開示がされている技術的事項の範囲を超えて,「特許請求の範囲」の記載がされるような場合があれば,特許権者が開示していない広範な技術的範囲にまで独占権を付与することになり,当該技術を公開した範囲で,公開の代償として独占権を付与するという特許制度の目的を逸脱することになる。36条6項1号は,そのような「特許請求の範囲」の記載を許さないものとするために設けられた規定である。したがって,「発明の詳細な説明」において,「実施例」として記載された実施態様やその他の記載を参照しても,限定的かつ狭い範囲の技術的事項しか開示されていないと解されるにもかかわらず,「特許請求の範囲」に,「発明の詳細な説明」において開示された技術的範囲を超えた,広範な技術的範囲を含む記載がされているような場合は,同号に違反するものとして許されない(もとより,「発明の詳細な説明」において,技術的事項が実質的に全く記載・開示されていないと解されるような場合に,同号に違反するものとして許されないことになるのは,いうまでもない。)。
以上のとおり,36条6項1号への適合性を判断するに当たっては,「特許請求の範囲」と「発明の詳細な説明」とを対比することから,同号への適合性を判断するためには,その前提として,「特許請求の範囲」の記載に基づく技術的範囲を適切に把握すること,及び「発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項を適切に把握することの両者が必要となる。
・・・
2 審決の理由について
・・・
(2) 審決の理由の不備について
要するに,審決は,特許請求の範囲の請求項1・・・「還元用組成物を適用する作業」における「還元用組成物」の意義について,「アミノシリコーンを含有しない還元用組成物」と限定的な解釈を施した上で,発明の詳細な説明中には,アミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理剤により前処理した実施例は記載されているものの,前処理をせず「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」により還元処理をした従来技術に係る比較例は記載されておらず,そのような従来技術との比較実験データは記載されていないから,特許請求の範囲に記載された発明は,発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるということができない,と判断したものである。
しかし,「還元用組成物を適用する作業」における「還元用組成物」は,「アミノシリコーンを含有しない還元用組成物」と限定的に解釈することはできず,また,本願発明に係る「特許請求の範囲」は,本願明細書の「発明の詳細な説明」に記載されていると理解することができるから,本願発明1ないし9の請求項の記載は36条6項1号に適合しないとした審決の判断には,誤りがある。その理由は,以下のとおりである。
3 特許請求の範囲(請求項1)の「還元用組成物を適用する作業」における「還元用組成物」の意義について
(1) 特許請求の範囲の記載
・・・
本願発明は,パーマネント再整形における還元処理の前に,「当該ケラチン繊維に対して,化粧品的に許容される媒体中に数平均1次粒子径が3乃至70nmの範囲の粒子を含むアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)を適用すること」との前処理工程を付加した点において,特徴を有する発明である。
特許請求の範囲には,「還元用組成物を適用する作業」における「還元用組成物」について,アミノシリコーンを含まないとの限定文言は一切ない。したがって,「還元用組成物」は,「アミノシリコーンを含まない還元用組成物」に限定解釈される根拠はない。
・・・
(2) 本願明細書の参酌
上記の解釈に対して,「還元用組成物」を,アミノシリコーンを含まない還元用組成物に限定して理解すべき特段の事情があるか否かについて,念のため,本願明細書の記載を検討する。
・・・
本願明細書の記載を参照してもなお,「還元用組成物を適用する作業」における「還元用組成物」がアミノシリコーンを含まない還元用組成物に限定されるとする根拠はないと解すべきである。

4 36条6項1号への適合性
以上を前提として,本願発明の36条6項1号への適合性について,検討する。
「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載とを対比し,「特許請求の範囲」に記載された本願発明が,「発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項の範囲のものであるか否か,すなわち,還元処理の前にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理用化粧料組成物を毛髪に適用して前処理をし,その後還元用組成物により還元処理をするとの本願発明が,アミノシリコーンを含有する還元用組成物により還元処理をするという従来技術と対比して,毛髪の劣化の程度の緩和等の作用効果を実現し,課題を解決し得ることが,「発明の詳細な説明」に記載・開示されているか否かについて,検討する。
・・・
(3) 「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載との対比
ア 前記(2)の本願明細書の記載によれば,実施例1では,「アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物による前処理をせず, DV2 で還元処理した比較例(実施例1では「先行技術」と表示される。)」と,「アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物により前処理した後,DV2 で還元処理したもの(実施例)」の比較結果が示され,本願発明による前処理を施したことによる効果が得られた旨の記載がされている
本願明細書中には,DV2 がアミノシリコーンを含んでいるとの明示の説明はされていない。仮に,DV2 がアミノシリコーンを含まないものであると認識されるならば,実施例1における比較例は,アミノシリコーンを含む還元用組成物を用いて還元処理したもの(従来技術)でないから,「本願発明の実施例」と「従来技術に該当するもの」とを対比したことにはならず,本願発明により前処理を施したことによる効果を示したことにならない。審決は,この点を理由として,実施例1の実験は,比較実験として適切なものでないと判断する。
しかし,審決の同判断は,妥当を欠く。すなわち,前記のとおり,本願発明の特徴は,先行技術と比較して,「アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)」を適用するという前処理工程を付加した点にある。そして,①特許請求の範囲において,前処理工程を付加したとの構成が明確に記載されていること,②本願明細書においても,発明の詳細な説明の【0011】で,前処理工程を付加したとの構成に特徴がある点が説明されていること,③本願明細書に記載された実施例1における実験は,前処理工程を付加した本願発明と前処理工程を付加しない従来技術との作用効果を示す目的で実施されたものであることが明らかであること等を総合考慮するならば,本願明細書に接した当業者であれば,上記実施例の実験において,還元用組成物として用いられたDV2 が「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」との明示的な記載がなくとも,当然に,「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」の一例としてDV2を用いたと認識するものというべきである。
・・・
イ また,実施例2,3においても,アミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理用化粧料組成物を毛髪に適用した場合とそうでない場合が比較され,本願発明の効果が示されているということができる。

【コメント】
第36条第6項第1号のいわゆるサポート要件については、平成17年の大合議判決(知財高判平成17・11・11「偏光フィルムの製造法」事件)で、一定の基準が示されました。しかし、本件は必ずしもこの基準には沿ったものとはいえません。
本件に先立ち、知財高判平成22・1・28「フリバンセリン」事件(飯村判決)において、上記基準とはあたかも対立する判断がされております。本件はこの裁判例の影響を受けていると思われます。
最近の裁判例では、上記大合議判決に従うものや「フリバンセリン」事件に従うものがあり、いずれの基準に従うのが妥当であるか不明な面が多いように思われます。記載不備は、当事者の主張や時代によりその解釈が変わり得ると思われます。今後の裁判例について引き続き注目していく必要があると考えます。
さて、本件ですが、第36条6項1号への適合性について、下記のような基準を示しその当てはめを行っている点に注目すべきといえます。

「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載とを対比し,「特許請求の範囲」に記載された本願発明が,「発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項の範囲のものであるか否か
36条6項1号への適合性を判断するに当たっては,「特許請求の範囲」と「発明の詳細な説明」とを対比することから,同号への適合性を判断するためには,その前提として,「特許請求の範囲」の記載に基づく技術的範囲を適切に把握すること,及び「発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項を適切に把握することの両者が必要となる。

また、そもそも本件の問題は、本願明細書においての従来技術の内容でその課題が誤って解釈されたことに起因します。つまり、従来技術の内容と課題の内容と、そして、実施例による効果の確認には、整合性を持たせるべきといえます。
(アミノシリコーン含有の還元性組成物を開示する文献として、日本国特許出願H2-250814およびH9-151120が挙げられており、その問題点が記載されていた。)

・補遺
ここで、「偏光フィルムの製造法」の大合議判決及び「フリバンセリン」事件の判決において、サポート要件に対するそれぞれの判断を参考に示します。

「偏光フィルムの製造法」の大合議判決
サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と詳細な説明の記載とを対比し、請求の範囲に記載された発明が、詳細な説明に記載された発明で、詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

「フリバンセリン」事件の判決
法36条6項1号の規定の解釈に当たっては,特許請求の範囲の記載が,発明の詳細な説明の記載の範囲と対比して,前者の範囲が後者の範囲を超えているか否かを必要かつ合目的的な解釈手法によって判断すれば足り,・・・同条4項1号の要件適合性を判断するのと全く同様の手法によって解釈,判断することは許されないというべきである。

なお、「フリバンセリン」事件の判決以降、「偏光フィルムの製造法」の大合議判決は、複数の変数(パラメータ)を用いた数式により示される範囲で特定した物を含む発明であり、請求の範囲が特異な形式で記載されている場合に適用されるだろうといわれていますが、厳密に区別されてはいないような印象があります。

薬剤分包用ロールペーパ事件

事件名  :薬剤分包用ロールペーパ事件
事件種別 :特許権侵害差止等請求事件(東京地方裁判所)
事件番号 :平成24年(ワ)第8071号
対象案件 :特許第4194737号
判決日  :平成26年1月16日    (請求認容判決)

【概  要】
本件は、技術的範囲の属否や商標権侵害についても争点となりましたが、ここでは、特許権消尽の成否について紹介します。なお、技術的範囲については、「属する」との判断がされています。
本件特許の請求項1は、概略下記のとおりです。

・本件訂正前の記載
【請求項1】
・・・給紙部と,・・・分包部とを備え,・・・するようにした薬剤分包装置に用いられ,中空芯管とその上に薬剤分包用シートをロール状に巻いたロールペーパとから成り,ロールペーパのシートの巻量に応じたシート張力を中空軸に付与するために,支持軸に設けた角度センサによる回転角度の検出信号と測長センサの検出信号とからシートの巻量が算出可能であって※,その角度センサによる検出が可能な位置に磁石を配置し,その磁石をロールペーパと共に回転するように配設して成る薬剤分包用ロールペーパ。

※前半部分が装置に係る構成で長文なため適宜省略しました。結局は「特定の装置に使用する、中空芯管とその上に薬剤分包用シートをロール状に巻いた薬剤分包用ロールペーパ」の発明です。

原告は、薬剤分包用ロールペーパ(原告製品)を製造販売しており、被告は、原告製品の分包紙が費消された後に残った使用済み芯管を回収し、それに分包紙(グラシン紙又はセロポリ紙からなる薬剤分包用シート)を芯管の円筒部外周に巻き直すことによって製品化したもの(被告製品)を販売していました。
なお、原告は薬剤分包装置(原告装置)を製造販売しており、原告製品及び被告製品は、いずれも専ら原告装置においてのみ使用されるものでした。
被告は、原告製品が芯管を含め譲渡されており、被告製品は原告製品の使用済み芯管をそのままの状態で再利用したものであるから、被告製品について本件特許権は消尽している旨主張しましたが、裁判所は、当該主張を退けて特許権は消尽しないとの判断をしました。

理由として、①原告製品の芯管は分包紙を使い切るまでの間無償で貸与するものであること、②使用後は芯管を回収すること,③第三者に対する芯管の譲渡,貸与等は禁止することを説明しており、顧客もこのことについて承諾の意思表示をしていること、等の事実を挙げました。

下記は裁判所の判断の抜粋であり、重要と思われる箇所を赤字としました。

2 争点2-1(原告製品の芯管に関する譲渡の有無等)について
被告は,原告製品が芯管を含め譲渡されており,被告製品は原告製品の使用済み芯管をそのままの状態で再利用したものであるから,被告製品について本件特許権は消尽している旨主張する。しかし,次のとおり,原告製品が芯管を含め譲渡されたものと認めることはできない。
(1)特許権の消尽
特許権者又は実施権者が我が国の国内において特許製品を譲渡した場合には,当該特許製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し,もはや特許権の効力は,当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばない(最高裁判所平成9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁参照)。
(2)認定事実
後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。この認定に反する証拠はいずれも採用することができない。
ア 原告は,原告装置を販売するに際し,関連会社又は代理店の従業員を介し,顧客に対し,① 原告製品の芯管は分包紙を使い切るまでの間無償で貸与するものであること,② 使用後は芯管を回収すること,③ 第三者に対する芯管の譲渡,貸与等は禁止することを説明しており,顧客も,このことについて承諾の意思表示をしている(甲18,26)。
イ 原告は,原告製品の芯管の円周側面(甲22の1~3),外装の上端面及び側面(甲21の1~3),原告製品を梱包する梱包箱の表面(甲20の1・2)にも,上記①から③までと同じ内容の記載をしている。
また,原告装置の製品紹介をする原告のウェブサイト(甲24の1~3)及びカタログ(甲25)にも同旨の記載をしている。
原告は,原告製品の芯管が顧客から返却された場合にポイントを付与し,ポイントが一定数に達すれば景品と交換するサービスを実施しているところ,当該サービスの広告(甲23)にも同旨の記載をしている。
ウ 原告による原告製品の芯管の回収率は,平成22年には97.4%であり,平成23年には97.7%であり,平成24年(1月~8月)には97.3%である(甲19)。
(3)検討
前記(2)のとおり,原告は,原告装置を販売する際に,顧客との間で,原告製品の芯管について無償で貸与するものであり,その所有権を原告に留保する旨の合意をしていること,原告製品自体やその梱包材,広告等においても芯管の所有権が原告にあることを明記していることが認められる。また,実際に,最近3年間で約97%もの原告製品の芯管を回収していることから,最終的な顧客である病院や薬局だけでなく,卸売業者も含め,これらの表示を十分に認識していることが認められる。
これらのことからすれば,原告が,顧客に対し,原告製品の分包紙を譲渡したことは認められるものの,原告製品の芯管を譲渡しているとまでは認めがたいというべきである(原告製品は芯管と分包紙に分けることができ,原告は,芯管に巻いた分包紙のみを譲渡し,芯管については,所有権を留保し,使用貸借をしていると認めるのが相当である。)。
そうすると,原告製品のうち分包紙は顧客の下で費消されており,この部分について本件特許権の消尽は問題とならないし,芯管については消尽の前提を欠いているから,この点に関する被告の主張には理由がない

3 争点2-2(被告製品と原告製品の同一性)について
原告製品の芯管に関する譲渡の成否にかかわらず,次のとおり,被告製品と原告製品の同一性を認めることはできないから,被告製品について本件特許権の消尽を認めることはできない。
(1) 特許製品の新たな製造
特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,特許権を行使することが許される。
特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされた場合において,当該加工等が特許製品の新たな製造に当たるとして特許権者がその特許製品につき特許権を行使することが許されるといえるかどうかについては,当該特許製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様のほか,取引の実情等も総合考慮して判断すべきである(最高裁判所平成19年11月8日第一小法廷判決・民集61巻8号2989頁)。
(2)検討
まず,特許製品の属性についてみると,原告製品及び被告製品の分包紙が消耗部材であるのと比較すれば,芯管の耐用期間が相当長いことは明らかである。他方で,分包紙を費消した後は,新たに分包紙を巻き直すことがない限り,製品として使用することができないものであるから,分包紙を費消した時点で製品としての効用をいったんは喪失するものであるといえる。
また,証拠(甲10)によれば,原告製品は,病院や薬局等で医薬品の分包に用いられることから高度の品質が要求されるものであり,厳密に衛生管理された自社工場内で製造されていることが認められる。同様に,証拠(甲12~14,乙5)によれば,被告製品も,被告が製造委託した工場において高い品質管理の下で製造されていることが認められる。これらのことからすれば,顧客にとって,原告製品(被告製品)は上記製品に占める分包紙の部分の価値が高いものであること,需要者である病院や薬局等が使用済みの芯管に分包紙を自ら巻き直すなどして再利用することはできないため,顧客にとって,分包紙を費消した後の芯管自体には価値がないことも認められる。
そうすると,特許製品の属性としては,分包紙の部分の価値が高く,分包紙を費消した後の芯管自体は無価値なものであり,分包紙が費消された時点で製品としての本来の効用を終えるものということができる。芯管の部分が同一であったとしても,分包紙の部分が異なる製品については,社会的,経済的見地からみて,同一性を有する製品であるとはいいがたいものというべきである。
被告製品の製造において行われる加工及び部材の交換の態様及び取引の実情の観点からみても,使用済みの原告製品の芯管に分包紙を巻き直して製品化する行為は,製品の主要な部材を交換し,いったん製品としての本来の効用を終えた製品について新たに製品化する行為であって,かつ,顧客(製品の使用者)には実施することのできない行為であるといえる。
以上によれば,使用済みの原告製品の芯管に分包紙を巻き直して製品化する行為は,製品としての本来の効用を終えた原告製品について,製品の主要な部材を交換し,新たに製品化する行為であって,そのような行為を顧客(製品の使用者)が実施することもできない上,そのようにして製品化された被告製品は,社会的,経済的見地からみて,原告製品と同一性を有するともいいがたい。これらのことからすると,被告製品は,加工前の原告製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認めるのが相当である。被告製品を製品化する行為が本件特許発明の実施(生産)に当たる旨の原告の主張には理由がある。

【コメント】
原告のように、芯管については所有権を留保することを明示している場合は、消尽が否定されます。特許権の消尽については、平成9年7月1日の最高裁判決で示されました。本件はこの判断に沿った非常にわかりやすい判決と言えます。

白色二軸延伸ポリエステルフィルム事件

事件名  :白色二軸延伸ポリエステルフィルム事件
事件種別 :審決取消請求事件
事件番号 :平成25年(行ケ)第10303号
対象案件 :特許第4058072号
判決日  :平成26年10月23日 (無効審判 特許無効審決→審決取消判決)

【争  点】  引用発明の認定と刊行物に記載された発明
関係条文: 特許法第29条第1項
キーワード:引用発明の認定、刊行物に記載された発明

【特許庁の判断・主張】
特許庁は審決において、要するに、本件各発明は、いずれも特開平7-331038号公報(以下「甲1公報」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)と同一であり,特許法29条1項3号に掲げる発明に該当する、との判断をしました。

【参  考】 本件特許の請求項1
[請求項1]
無機粒子を5重量%以上含有するポリエステル組成物であって,該ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル106g以下であり,かつ昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差が下記式を満足してなることを特徴とするポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルム。
30≦Tcc-Tg≦60

【裁判所の判断】
裁判所は、審決が引用発明を「ポリエステル組成物Aを原料として成形した白色ポリエステルフィルムの態様を含む白色ポリエステルフィルム」と認定した点に対しては誤りでないと判断しました。
その上で、「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」が甲1公報に記載されているに等しい事項といえるかについては、「ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものが当業者にとって自明な技術事項であるとはいえず、また、甲1公報に記載された発明が、ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものであることを当然の前提としていると同公報自体から理解することができるともいえない。」とし、甲1公報に記載されているに等しい事項であると認めることはできないとして、特許庁がした審決を取り消しました。
下記は裁判所の判断の抜粋であり、重要と思われる箇所を赤字としました。

(1) 引用発明として認定する物について
原告は,物の発明である本件発明1について,甲1公報から認定する物を引用発明とするには,追試が可能となる程度に具体的に記載された「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」でなくてはならないのに,審決が引用発明として認定した物は,「・・・ポリエステル組成物からなる白色ポリエステルフィルムであって,ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルムの態様を包含する,白色ポリエステルフィルム」であって,「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」ではないから,そもそも審決は,引用発明の認定の対象を誤っていると主張する。
しかし,ある発明の新規性を判断する前提としてなされる引用発明の認定は,新規性判断の対象である発明(以下「本願発明」という。)との対比において必要な範囲で行えば足り,このことは,本願発明が物の発明である場合でも同様である。もっとも,本願発明が物の発明である場合,引用発明として認定する物は,通常は,本願発明の対象である物と同一の物であることが多いものと解されるが,引用発明として認定し得る物が,常に,本願発明の対象である物と同一の物でなければならないとする理由はない。
したがって,甲1公報に基づく引用発明の認定も,本件発明1との対比において必要な範囲で行えば足り,審決が認定した引用発明が「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」でないということのみを理由として,審決の引用発明の認定が誤りであるということはできない。
そして,以下のとおり,審決の引用発明の認定は,本件発明1との対比に必要な範囲で行われたものということができる。
すなわち,前記第2の2で認定したところによれば,本件発明1は,①カルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル106g以下であり,かつ②昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差が30≦Tcc-Tg≦60であるという特定の物性を有するポリエステル組成物を原料として成形した,二軸延伸を施された白色ポリエステルフィルムであると解される。
審決は,引用発明の内容として,「ポリエステル組成物Aを原料として成形した白色ポリエステルフィルムの態様を含む白色ポリエステルフィルム」を認定し,当該白色ポリエステルフィルムが二軸延伸を施されたものであることについては,引用発明の内容には含めず,相違点3として認定している。また,審決は,引用発明の白色ポリエステルフィルムの原料であるポリエステル組成物Aが上記①及び②の物性を有することについても,引用発明の内容には含めず,相違点1及び2として認定している。
そして,上記①及び②の物性は,白色ポリエステルフィルムを成形するための原料であるポリエステル組成物の物性であり,それを用いて成形された白色ポリエステルフィルムの物性ではないから,当該ポリエステル組成物の物性は,それを用いて成形された白色ポリエステルフィルムが二軸延伸を施されたものであるか否かによって影響を受けるものではない。そうすると,審決が引用発明を「ポリエステル組成物Aを原料として成形した白色ポリエステルフィルムの態様を含む白色ポリエステルフィルム」と認定したとしても,本件発明1のポリエステル組成物が有する上記①及び②の物性を,引用発明の原料であるポリエステル組成物Aが有していることを追試によって立証することは可能である。
・・・
(2) 「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」が甲1公報に記載されているに等しい事項といえるかについて
原告は,仮に,引用発明として認定する物として,「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」に着目したとしても,甲1公報に「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」が記載されてるに等しいとする審決の判断は誤りであると主張するので,以下,検討する。
ア 特許出願前に日本国内又は外国において,頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明は,その発明について特許を受けることができない(特許法29条1項3号)。
ここにいう「刊行物に記載された発明」の認定においては,刊行物において発明の構成について具体的な記載が省略されていたとしても,それが当業者にとって自明な技術事項であり,かつ,刊行物に記載された発明がその構成を備えていることを当然の前提としていると当該刊行物自体から理解することができる場合には,その記載がされているに等しいということができる。しかし,そうでない場合には,その記載がされているに等しいと認めることはできないというべきである。
そうすると,本件において,「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」が甲1公報に記載されているに等しいというためには,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものが当業者にとって自明な技術事項であり,かつ,同公報に記載された発明が,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものであることを当然の前提としていると同公報自体から理解することができることが必要というべきである。
しかるに,本件においては,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものが当業者にとって自明な技術事項であることを認めるに足りる証拠はない。したがって,これを自明な技術事項であるということはできない。また,甲1公報の記載を検討しても,実施例12のポリエステル組成物Aは白色二軸延伸フィルムを製造するポリエステル組成物Bを得るための中間段階の組成物にすぎず同実施例がポリエステル組成物Aについてフィルムを成形するものでないことはいうまでもないし,さらに,同公報のその他の記載をみても,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形することを示す記載や,そのことを当然の前提とするような記載はない
以上のとおり,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものが当業者にとって自明な技術事項であるとはいえず,また,甲1公報に記載された発明が,ポリエステル組成物Aについてフィルムを成形したものであることを当然の前提としていると同公報自体から理解することができるともいえない。そうすると,「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」は,甲1公報に記載されているに等しい事項であると認めることはできないものというべきである。
・・・
(3) 小括
・・・
したがって,原告主張の取消事由1は理由がある。

【コメント】
本件は、まず引用発明として、「ポリエステル組成物Aを原料として成形した白色ポリエステルフィルムの態様を含む白色ポリエステルフィルム」を認定した審決を支持しましたが、「ポリエステル組成物Aからなる白色ポリエステルフィルム」というより具体的な発明については、甲1公報に記載されているに等しい事項でないと判断しました。
本件では、「刊行物に記載された発明」の認定手法について、下記のような見解を示した点が今後の参考になると考えます。

刊行物において発明の構成について具体的な記載が省略されていたとしてもそれが当業者にとって自明な技術事項であり、かつ、刊行物に記載された発明がその構成を備えていることを当然の前提としていると当該刊行物自体から理解することができる場合には、その記載がされているに等しいということができる。

 

スーパーオキサイドアニオン分解剤事件

事件名  :スーパーオキサイドアニオン分解剤事件
事件種別 :審決取消請求事件
事件番号 :平成22年(行ケ)第10256号
対象案件 :特許第4058072号
判決日  :平成23年3月23日 (無効審判 特許有効審決→審決取消判決)

【争  点】  「物の発明」としての用途発明の成立性
関係条文: 特許法第29条第1項
キーワード:新規の高度な創作的な方法(用途)の提示

【特許庁の判断・主張】
特許庁は審決において、本件特許発明は、甲1及び甲2記載の発明と同一ではなく、また、甲1,2及び甲3の記載及び本件優先日当時の当業者の技術常識を考慮しても、当業者が容易に想到できたものとは認められないから、本件特許を無効とすることはできないとの判断をしました。

【参  考】 本件特許の請求項1(構成の各分説及びその符号は,審判におけるもの)
[請求項1]
A ポリビニルピロリドン,ポリビニルアルコール,ポリアクリル酸,シクロデキストリン,アミノペクチン,又はメチルセルロースの存在下で
B 金属塩還元反応法により調整され,
C 顕微鏡下で観察した場合に粒径が6nm以下の白金の微粉末からなる
D スーパーオキサイドアニオン分解剤。

【裁判所の判断】
これに対し裁判所は、本件特許発明における白金微粉末を「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途に用いるという技術は甲1において実質的に記載されているため、本件特許発明は甲1の記載と実質的には同一であるとして、特許庁がした審決を取り消しました。

下記は裁判所の判断の抜粋であり、重要と思われる箇所を赤字としました。

・・・本件特許発明における白金微粉末を「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途に用いるという技術は,甲1において記載,開示されていた,白金微粉末を用いた方法(用途)と実質的に何ら相違はなく,新規な方法(用途)とはいえず,白金微粉末に備わった上記の性質を,構成Dとして付加したにすぎず,本件特許発明は,甲1の記載と実質的には同一のものであって,新規性を欠くことになるから,これと異なる審決の認定,判断には誤りがあると解する。
・・・
(1)一般に,公知の物は,特許法29条1項各号に該当するから,特許の要件を欠くことになる。しかし,その例外として,①その物についての非公知の性質(属性)が発見,実証又は機序の解明等がされるなどし,②その性質(属性)を利用する方法(用途)が非公知又は非公然実施であり,③その性質(属性)を利用する方法(用途)が,産業上利用することができ,技術思想の創作としての高度なものと評価されるような場合には,単に同法2条3項2号の「方法の発明」として特許が成立し得るのみならず,同項1号の「物の発明」としても,特許が成立する余地がある点において,異論はない(特許法29条1項,2項,2条1項)。もっとも,物に関する「方法の発明」の実施は,当該方法の使用にのみ限られるのに対して,「物の発明」の実施は,その物の生産,使用,譲渡等,輸出若しくは輸入,譲渡の申出行為に及ぶ点において,広範かつ強力といえる点で相違する。このような点にかんがみるならば,物の性質の発見,実証,機序の解明等に基づく新たな利用方法に基づいて,「物の発明」としての用途発明を肯定すべきか否かを判断するに当たっては,個々の発明ごとに,発明者が公開した方法(用途)の新規とされる内容,意義及び有用性,発明として保護した場合の第三者に与える影響,公益との調和等を個々的具体的に検討して,物に係る方法(用途)の発見等が,技術思想の創作として高度のものと評価されるか否かの観点から判断することが不可欠となる。
・・・
他方,甲1には,前記のとおり,構成AないしCを充足する白金微粉末として,・・・たとえば,金属塩還元法(・・・)により製造されるもの等があること,白金微粉末を体内に取りいれる方法が示されていること,白金微粉末の上記方法は,各種病気の症状改善に効果があること等が記載,開示されている。
(3)本件特許発明の構成AないしC記載の白金の微粉末は,甲1の白金微粉末を含んでいるから公知の物質であるといえる(・・・)。そして,本件補正明細書の記載によれば,①スーパーオキサイドアニオン等の活性酸素種が関与する疾病として,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎,アルツハイマー,網膜色素変性症等が存在すること,②構成AないしCに該当する白金微粉末には,スーパーオキサイドアニオンを分解できる属性を有することが確認されたことが記載されている。また,特許請求の範囲の記載によれば,本件特許発明は,構成AないしCに該当する白金微粉末を,「医薬品」「健康食品」又は「化粧品」の用途に使用するための「物の発明」として特許請求されたのではなく,「スーパーオキサイドアニオン分解剤」の用途に使用するための「物の発明」として特許請求されている。
他方,甲1には,構成AないしCに該当する白金微粉末は,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎などの予防又は治療に有効であると期待されていること,そのような効果を期待して,水溶液として,体内に投与する方法が示されていることが記載され,同記載によれば,そのような使用方法は,公知であることが認められる。そうすると,甲1には,白金微粉末がスーパーオキサイドアニオンを分解する作用が明示的形式的に記載されていないものの,従来技術(甲1)の下においても,白金微粉末を上記のような方法で用いれば,スーパーオキサイドアニオンが分解されることは明らかであり,白金微粉末によりスーパーオキサイドアニオンが分解されるという属性に基づく方法が利用されたものと合理的に理解される(甲24参照)。
以上によれば,本件特許発明における白金微粉末を「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途に用いるという技術は,甲1において記載,開示されていた,白金微粉末を用いた方法(用途)と実質的に何ら相違はなく,新規な方法(用途)とはいえないのであって,せいぜい,白金微粉末に備わった上記の性質を,構成Dとして付加したにすぎないといえる。すなわち,構成Dは,白金微粉末の使用方法として,従来技術において行われていた方法(用途)とは相違する新規の高度な創作的な方法(用途)の提示とはいえない。

【コメント】
本件は用途発明の新規性を判断した裁判例です。ここで、用途発明について審査基準には、「ある物の未知の属性を発見し、この属性により、当該物が新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく発明と解される。」と記載されています。本件では、特許発明の構成Dが「従来技術において行われていた方法(用途)とは相違する新規の高度な創作的な方法(用途)の提示」をしたかどうかという観点から、新規性の有無が判断されました。
米国等では用途限定の要件は特許性の判断に考慮されません。また、日本でも上記裁判例のように認められない場合があります。かかる点を考慮すれば、用途限定に安易に頼らず、当該用途に適用するための特徴的な構成を請求項に規定するのがよいと考えます。